
2026/09/29 21:48
どうも!
独自色彩概念
クラシックな色や色合わせに対する、
これまでの自分の視座の浅さ・視点の浅さに
愕然として打ちのめされた昨年末あたり…。
それから猛省と情熱❤️🔥を糧に調べ直し、
今までの永い実践と研究が
実は血と肉になっていたみたいで、
SHAMS独自の色彩概念を構築する事が
出来ました。
以下に記すのは、
私の視点から定義・提唱する
1930年代イギリスを象徴する
『越境の4色』
の骨格構想全文となります。
越境の4色
私の視点で定義・提唱する
1930年代イギリスを象徴する
『越境の4色』
その構想文のご共有をお願いしたく存じます。
最初の1色は
・テラコッタレッド
⇩
私が付けた新呼称
・30sレッド
何故?
||
まず初めに、
この30sレッドにジンジャー色や茶系も
内包します。
この色目は、平日と週末という二つの時間軸を持っています。
平日——当時のロンドン地下鉄のタイルの色、
煤がつつむ街並み・景観が労働の色として都会に沈む。
週末——疲れを癒すエールの色。
それは、パブという場所そのものの色。
また、パブから外へ向かう者たちがいた。
ハイキングという余暇の先に見た大地の茶、
荒野のジンジャー
——それは、
アッパーのツイードにも見られた色目だった。
働き、飲み、休み、歩く。
1932年、キンダー・スカウトで多くの労働者が私有地に踏み込んだ。
知ってか知らずか
アッパーと同じ大地を踏んでいた。
30sレッドとは、越境した色である。
(もちろん、私はギネスビールも大好き😉)
・モナストラルブルー/フタロシアニンブルー
私はこれを
プレデターブルーと名付けました。
何故か?
大雑把に言えば…
1934年にBCCが色の名前と基準を固定→その後1935年に
ICIがフタロシアニンブルーの工業的成立に成功。
…この戦略的色の支配によって、
イギリス国内の人々が眼にする"青"が均一化されたことに注目した上で、
"戦略的色の支配"と"均一化"この文言を
捕食として捉えプレデターとして置き換えました。
おそらく私の思想の中核を成す
・バニラ→スランバニラ/slang vanilla
何故スランバニラ/slang vanillaと
名付けたか?
まず最初に、
素材自体を指すエクリュと
素材由来の色名であるシャモアは除外します。
1930年代イギリスにおいて、
同じ素材同じ色を見た時に階級間での
呼称の違いに違和感を感じました。
一方ではクリーム・アイボリー
またその一方ではバニラと–。
階級社会外で生きて来た私には、
区別と言う名を借りた差別であり、
その後に続くU non–U論争のある意味での
発端だとも感じております。
同質同色のものを見た時に発する言葉の違い、それこそが私は弱さだと睨みました。
(権威を象徴するかのような)物質的呼称に固執する上流階級、
一方ではモナストラルブルーに見られる
戦略的色の支配が成され、またレーヨンやミルクホール、バニラシェイクの普及に
伴い商業・産業側も徐々に大衆に寄り添わず
ならなくなっていったバニラと言う呼称。
言語の入れ替えまではいかなかったと思いますが、
少なからずともUを脅かしたのは
事実だと思いまして、
これを私は
『言葉によるカウンターカルチャー』
と定義した上で、
slang vanilla
と名付けました!
最後の一色は
"マスタード"
私はこれを
『フォギーマスタード』
と名付けました。
何故か?
それは、
1930年代イギリス、ロンドンやマンチェスターに見られる煤にまみれた街に映えるマスタード…。
それは、
中産階級の誇りでもあり、階級間を超えて揶揄されないある意味で保身的色でもあったと。
上流階級が好んだゴールドそのものではなく、また白が煤でくすんで(あえて)バニラよりも暗く映るマスタード。
華美でもなく虚飾でもないその色は、
臨界点に達していた1930年代イギリスを
煤という霧にまぎれてサバイブした
中産階級の誇りをかけた色だと私は定義して名付けました!

